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▲鮮于鉦(ソンウ・ジョン)週末ニュース部長
▲鮮于鉦(ソンウ・ジョン)週末ニュース部長


私が暮らす街は、区画が単純だ。北には線路、南には漢江があり、東西約2キロにわたって伸びる大通りが唯一の通路だ。この道の始点と終点、すなわち街の出入り口には、それぞれ大きな教会がある。中間にも教会と聖堂が一つずつある。4カ所いずれも、建物は大きいが駐車場は狭い。このため週末になると、私の街は「大教会の駐車場」扱いされて大変なことになる。というのも、信徒の人々が違法駐車をするからだ。大通りはもちろん、マンションの路地にまで信徒の車が入り込む。

 私の街には地下鉄が通っている。バスも3路線ある。どこからでも公共交通機関でアクセスできる。しかし多くの信徒は、公共交通機関ではなく自家用車で教会に来る。週末は区庁の取り締まり要員も休みなのか、駐車違反の切符を切る姿は見られない。街で暮らす人々も、教会のことなので目くじらを立てられない。せいぜい「天国に行きたいという人が…」と言いながら舌打ちするだけだ。

 もし区庁が例外なく違反切符を切ったら、どうなるだろうか。こんなことで信仰が揺らぎはしないだろうが、一部の信徒は自宅に近い小さな教会に移るだろう。結局私の街の大教会は、住民に迷惑を掛けることで現在の勢力を維持しているのであり、ささいなことではあるが、不条理だといえる。経済用語で表現すれば、ある行動が他者に費用を発生させる「外部効果」が、週末になるたび、私の街で発生しているわけだ。

 迷惑はしばしば、切羽詰まった人が余裕ある人に掛けるものだと思われがちだが、逆の例もまた少なくない。

 少し前、ソウル都心部のある大企業が、禁煙ビルを宣言した。ビル内で喫煙が摘発されれば、当人の昇進にとって不利益になるという規定も作ったという。すると、スモーカーの社員は会社近くの路地に集まり、唾を吐いた紙コップに、もみ消した吸い殻をどっさり残していくようになった。その路地には、小さな居酒屋や食堂がある。かつては大企業が自ら片付けていた社員の灰皿を、今では近所の零細業者が片付けている。これもまた、最近韓国社会で見られる不条理な一面だといえるだろう。



 こういうケースも考えてみるといい。少し前、ソウル市は29カ所の伝統市場を近代化するため、162億ウォン(約13億7000万円)の税金を投入すると発表した。困難に直面している商人への支援なので、拍手して当然ではあるが、拍手する前に「なぜ税金で支援するのか」と質問したくなる。伝統市場が低迷しているのは、大型スーパーの貪欲さが原因だと、少し前まで興奮気味に批判してはいなかったか。なのに、どうしてカネはわれわれのポケットから出すのか。大企業の経済活動が発生させた外部費用を、結局税金で賄うというのもまた、不条理な現象だといえる。

 日頃から観察していると、小さなケースであっても同様の不条理は多数目に留まる。静かな場所なのに大きな声で携帯電話をかけ、平穏を乱す人。子どもたちが遊ぶ漢江公園で自転車を飛ばし、危険千万なサイクリングをする人。ほかの人が止めたタクシーなのに、すぐ前に割り込んで乗っていく人。そして、歩道を占拠して自分の利益を主張するデモ隊のメンバーたち。韓国社会ではまだまだ迷惑行為が多く、当たり前の光景になっているのだ。

 経済学でいうところの正義とは、外部費用を内部化することだ。簡単に言うと、他人に迷惑を掛けないということ。これまで住民に転嫁していた信徒の駐車問題は大教会が解決し、零細業者に押し付けていたたばこの煙や吸い殻の始末は企業が行う、ということだ。伝統市場活性化のための財源は、原因を作った大企業が責任持って引き受けるということだ。つまるところ正義とは、社会の構成員が自分の責任を果たすということではないか、と思っている。



鮮于鉦(ソンウ・ジョン)週末ニュース部長 




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